2016年6月20日月曜日

満ちる前。



出番がやってきた。


透明の中にこれから


甘酸っぱくて青くて爽やかで切ない丸い実を


詰め込んでいく。


2016年6月8日水曜日

フレンチブルのお箸置き。


友人がプレゼントしてくれたフレンチブルのお箸置き。
のりおが沢山〜🐾

2016年2月8日月曜日

静かに見まもる。

過多で過剰な今の世の中でも本質はいつも変わらない。

美しさや幸せはシンプルな場所に見つかる。

2016年1月21日木曜日

かぶにちゃお。


いつもの八百屋さんできれいな蕪をみつけた。
先日の七草にはすずなとして登場してました。

暦の上ではもうすぐ春だもんねえ。
今は季節感あまり関係なく一年中買えちゃうけど、やっぱり旬は大切にしたい。 
ちなみに今日は二十四節気のうち「大寒」です。

かぶ、煮ちゃお。

2016年1月14日木曜日

いつもすぐそこに。


おや。7つ前の記事に2015年の七草があるぞ。
ということはつまり2015年のブログ更新はたったの7回。
私事ですがブログ記事年間数自己最低記録を更新しました。
ブログは更新せずに記録は更新してしまいました。
ってねー。
 
何はともあれ、また年が新しく入れ替わり、
あっとも言わぬ間に松の内も明け、
年末年始特有の町の喧騒も落ち着き始めた。

なんだか愛おしい。  
いつも通りの日常が。
幸せというのは珍しいものでも何でもなくて、
よく見ると日常の色んな所で小さく輝いて息している。
誰のどんな日常にも。
そのかけらをひとつひとつ見つけては手にとりそっと愛でながら生きよう。 
記念日なんていらない。
毎日が特別です。 


2015年11月21日土曜日

普通であることが難しくなってきている。

 
今世界で起こっている出来事を思うと自分が日常に感じる不都合や
それに対する言い分の殆どがどうという程の事ではないものと思い知らされる。
ただ平和であろうとする事は一体、どれほど難しいことなの?

今回のパリ襲撃、 その前日のベイルート連続自爆テロ、その前のロシア機事件・・
そもそもの発端、というか歴史から引き摺る政治的因果から手繰り寄せるとどこに辿り着けばいいのか、何を正義というのか、途方に暮れてしまうけど、
とにかく今、混沌の渦の中心に向かって世界の加速度が増しているのがすごく怖い。

私にとっては今回のパリ襲撃に関しては特に痛みを感じます。
18歳からの2年間はパリ近郊に住んでいたので、パリには恩師や仲間とよく訪れた場所、目に焼き付いている景色、その時の空気の匂いなどの肌身に刻まれる思い出が山ほどあって、ゆかりあるこの街が今あの時とは全く別の冷たい恐怖に包まれている事がとても悲しいです。
ニュースを追って新しい記事を探しては不安になって、でもただ祈るしかない事も辛い。

中近東やアフリカでは日常的にテロが起きているし、パリだけでなく世界の至る場所でこのような無秩序と無慈悲で練り上げられた様な悲しみが今もなお広がってる。
さらに深刻な流れになるのだろうと映る今後の先行きにそこはかとない恐ろしさを感じます。
もうこれ以上無実の人々の命が脅かされることないように願うばかり。

そして今回の一連でムスリムへの偏見で悲しい思いをする人が増えない事も心から祈ります。

2015年11月13日金曜日

東屋の印判箸置。



東屋の印判箸置、立花文穂さんの図案。
丸は「ありがとう」のモチーフ。
しましまは「雪道」のモチーフ。

2015年9月22日火曜日

この野ばらはドライにしてみよう。



枝ものが大好き。
季節を感じられるから好きです。
ドウダンツツジやリョウブのような葉っぱメインのものも、
ウメモドキやペッパーベリーのような実メインのものも。

今日は野ばらが出てて、買ってきた。
5月辺りには白いお花が咲いてとてもいい香りです。
生薬の営実(エイジツ)はこの野ばらを乾燥させたものだったと今日知ってびっくり。
そして、店員さんがこの赤い実は、偽果と教えてくれました。
こんなに堂々と   「   実  です。」   な感じなのにね。

あ・・そう言えばいちごも偽果ですね。
いちごは種が実なのですね。
種が実 なんて変だけど・・種が実なのです。
おいしく食べる赤いところが偽果、
種だと言われるところが本当の実、
そしてその本当の実の中に本当の種が入っています。
生物の授業思い出すなあ。
しみじみ。


2015年9月14日月曜日

次の扉を。


連日の雨はすっかりあがって、
お庭の芝もカットされて、
光が射し込んで、
待っていたものがやっと届き、
我が家にはまた新しい時間がやって来た。


その新しさは 一新 と言うよりも、
次の扉を開けるような、新しさ。
これまでの軌跡の上にしか存在しない新しさ。

日々の営みは丸かったり角ばったり柔らかかったり固かったり、
光の当たり具合でその都度姿を変えるけど、
どんな瞬間もそれは

大きな流れの中で上がる小さなしぶきのようなものに過ぎないのだろうなあ。
なんて。

大きな包容と日常の継続に感謝してます。