ラベル 日記・コラム・つぶやき の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日記・コラム・つぶやき の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年10月8日日曜日

日焼けの跡よりもっと深く。



太陽の透明と空と海の青に心も裸になった。
海を見るのがもっと好きになった。
海に潜るのがすごく好きになった。

目の前の景色の移ろいでゆく一瞬の空気や色彩や光や匂いのぜんぶが
あまりにも美しくて優しくて、
それをどうしても見逃したくなくて写真におさめ損ねた瞬間が沢山ある。
でも大丈夫、日焼けの跡よりもっと深いところまで肌の奥まで焼き付いてるもんね。




2017年6月20日火曜日

大好きな読書館。



大好きな読書館。
水の音や柔らかい光、音を立てずに流れ続ける空気、
たまに聞こえるお店の人の丁寧な作業の音、そして静寂。
静寂を守ることがこの場所の昔からのルールで、
「話す」という日常の行為にこの時だけはそ〜っと蓋をして過ごす。
静寂から静寂が生まれ、静寂が静寂を守り続けているような、
そんな  命ある静けさ のある場所。

ここには素敵なノートが置いてあって、私はそれを読むのが好き。
誰でも何でも書いて良くて、人が書いたのを読んでも良い。
淡々と日々感じることを書いていたり、
今日あった嬉しかった事だったり、
今抱えている悩みだったり、
或いは誰かの悩みに答えていたり、
将来の夢を書いていたり、
次にノートを開くはずの人に語りかけていたり、
ただ詩を書いていたりする。
名前も顔もわからない、
でも過去のいつかに同じこの席に座ったであろう人たちが、
そんなことを書き綴ったノート。

日常生活では人の心の中や人生を覗くことなんて出来ないけど、
このノートには色んな人の人生の欠片や想いやかけひきのない丸裸の思考が
ありのまま綴られていて、
読んでいると、みんなそれぞれにそれぞれの胸の中で
ひりひりしながら、噛み砕き消化しながら、、恐れながら、喜びながら、
とにかく生きているんだなあと肌で感じる。
読んでいるとなんだか生きることそのものを客観的に見ることが出来て、
自分自身とも少し距離をおいて向き合えたりする。
この感覚、ヨガとも瞑想とも似てるんだなー。


2017年4月4日火曜日

日常という特別。




ウォーホルの“flowers”に似てる気がして何となく撮った。

ウォーホル“flowers”を手掛けるに当たりモチーフにしたのはなんと

雑誌に掲載されていた一般の人物の投稿写真だったと言う。

黒澤映画のオムニバス『夢』の中で

ゴッホを題材にした作品を観たときも思ったけど、

どれ程の名画や有名な写真にも、

その背景には何の変哲もない日常が広がっていたりするんだなと思う。

むしろほとんどがそうなのかもね。

私たちだってきっとそうなんだろう。

何の変哲もなさそうな日常にも沢山の特別が詰まっていると言うこと。

例えば‘日常’をランダムに輪切りにしたって、

探せば実はどこにでも素敵がたっぷり含まれているのかも知れない。

ただ、それを見い出すか見い出さないかが、

大きな違いを生むのであって、

何も特別な事はない、

ものの捉え方一つ。


よく見るような種が、見たこともない花を咲かす。

だけど、実はそれって沢山の可能性の一部であり、

起こって当然の出来事でもある。

日常という特別、特別という日常。



2016年6月8日水曜日

フレンチブルのお箸置き。


友人がプレゼントしてくれたフレンチブルのお箸置き。
のりおが沢山〜🐾

2015年11月13日金曜日

東屋の印判箸置。



東屋の印判箸置、立花文穂さんの図案。
丸は「ありがとう」のモチーフ。
しましまは「雪道」のモチーフ。

2014年1月8日水曜日

新しさと日常。


世界の年の数がまたひとつ移り変わった。

と言って特に何が変った訳ではないけれど、

次の扉がやさしく開いて、少しだけ新しい手触りが混ざる様な、そんな心地。


これからの新しい事へのわくわくもある。 

ささやかだけど夢もある。 

と同時に、足元もしっかり見据えて歩いて行こうと言う思いもここにある。

世の中では物事がどんどん変ってゆくから目線は先に取られがちだけど、

そんな中でも、すぐ近くにある、既にいつも側に在る、

見慣れた、触れ慣れた、交わし慣れた日常が、

自分を支えてくれている原動力であり、

こういうものこそかけがえない宝物だって切に思うから。

私も特別な気持ちで心を入れ替えたりはしませんが、

今年も大切な人、もの、ことをより大切に、

進んだり立ち止まったりと、朗らかに歩みを楽しめたらと思います。

2013年10月16日水曜日

働く人遊ぶ人休む人。


働く人がいて、

遊ぶ人がいて、

休む人がいて。

また別の日はまた別のターンで、

それに見合った心身の質感、表情の趣、思考回路や動作で、日を過ごして。

世の中はこうして回ってて、そして成り立つんだな。


2013年10月14日月曜日

風が良い香りだ。


毎年この金木犀の風が吹く頃に、

この所を振り返ってみたり、

一歩遠くから自分を客観的に見てみる様なそんな気持ちになる。

たぶん、涼しい風が心に隙間を作っているのだと思う。

この季節の変わり目にいつもこうして似たような感情になるけれど、

でもやっぱり一年一年、自分自身と周囲の環境は少しずつでも変化している。

いつも変わらずそこに在る空が、実は常に常に表情を変え続けているのと似ているな。

そんな中、

自分から見渡す景色がどう変化しても、

全く揺るがずいつも同じ場所から支えていてくれる存在があったり、

こうしてすぐ身近に、帰る場所が在ると言うことに対して、

感謝する以外に何を想えば良いのだろう。

2013年9月20日金曜日

お月様のひかりで真夜中に顔を洗った。


今日みたいに 中秋の名月 の日と 満月 の日とが重なる事は珍しいようで。

次の「満月の中秋の名月」は、8年後ですって。
    
今日は暦の上でもとても特別な夜だったんだな。
    
この輝く夜の特別演出だったのか、

今日、久しぶりにハプニングを味わった。

だけどそれを魔法の鍵で

なんて事ないよな顔して笑顔に変えてくれたのはやっぱり、

私の日常であり、いつもの隣の顔。
    
私もそう言う鍵を持ち合わせていたいと思った。
   
幸せはいつも日常の中に佇んでいて、

たまに色がついたり、

香りがついたり、

光に輪郭が浮いたりして、

その存在を私たちに教えてくれる。







2013年9月16日月曜日

夏も過ぎゆき。



なんだかもう夏ってば あっという間に過ぎて、

歩き慣れた道に、久しぶりの風が吹きはじめた。

こうやって秋になり、そして今年もまた冬が来るんだな。

移ろう季節はいつも本当に美しい。

限りがあるからかなー。

2013年7月26日金曜日

呼び水。


まめもやしのひげ根を取っていたら、

感触と匂いに子どもの頃の夏に心が還った。

思い出したのは、

実家のおだいどころ。

トウモロコシの湯気。

蝉の声と夕方のニュース。

だいだい色の空気。

母の背中。

きれいな情景だったなあ。

あのまめもやしは多分冷やし中華になったんだったと思う。

このまめもやしはナムルになった。



2013年7月2日火曜日

Happiness in the glass



唄でも踊りでも言葉でも色でも形でも味でも

在り方に関わらず人に伝わりうるもの全てを 表現 と言うとして、

条件、状況、器用、不器用を選ばずに「表現」で最終的に

伝わるものは、

伝えられるものは、

経験の蓄積に育まれたこころそのものなんだろうと、思った。

きっとそれを生き様と言うんだろう。

ところで全然関係ないけど、

今日は、グラスの中に太陽の光が入ってきて、

アイスコーヒーが、いつもよりも透明な味がした。

2013年6月23日日曜日

コントラスト。


昨日の雨で水嵩が増して、

欄干から覗いたいつもの神田川が今日は黒くて深かった。
   
急にちょっと怖くなって、

とっさに愛犬のいつもと変わらない白い背中に目を移して、

勝手に助かった気になった。

感情のコントラスト。

「いつもの」が、いつも通りである事。

無意識の協和。安定。 

「いつもの」が、いつも通りでない事。

違和感の上の不均衡。

人間の心って、ほんのちょっとした事にでも大きく響く。

身体に恒常性が備わっている様に、

やはり心にも恒常性が備わっている故なんだろう。

なんて。
夕方の出来事を振り返りながら、

霊峰富士山が世界遺産になった本日のニュースを見ながら、

明日の希望や仕事や夢に心を向けながら、

当然の様に近くに在る愛情に感謝をし、

でもそれは当然の様で居て、

本当はとてもプレシャスであるという事も再認識し、

一日を心を込めて締めくくろう。

つらつらと、独り言。

おやすみ今日の日。

2013年6月22日土曜日

バランス。



梅雨前線と台風4号の影響で、随分な、雨。

気圧乱れるな〜身体に感じる。

湿度も高い、洗濯物も乾きにくいしなあ。

でも木々草花がすごく生き生きしています。

どうぞ、命、みたしてね。

全ては、陰陽。

2013年6月19日水曜日

結晶。


氷砂糖ってね、ひと粒がひとつの結晶そのものなんですって。

砂糖の主成分のショ糖。

ショ糖の結晶を大きくじっくり育てたやつが、氷砂糖。

さらさらのお砂糖のちっちゃな一粒も、

氷砂糖のおっきな一粒も、

一つの同じ結晶。

面白いね。
           
でも氷砂糖は、時間をかけて大きくなるから、その分溶けるスピードもゆっくり。

ゆっくり溶けてく具合と浸透圧で、一緒の素材の良い所を穏やかに、引き出す。

なんかいいな。

時間をかけておっきくなって、時間をかけて周りと解け合って行くってところがいい。

そういうところを私も大切にしたい。

自分自身もそうだし、大切な人との繋がりも、

そんな風に育んで行きたいなあ。と思う。

優しい甘さでね。

そういえば子どもの頃、氷砂糖をひとつ口に入れて、

やっぱり、じんわりゆっくり溶けていくのが

やさしくて大好きでした。