2017年10月8日日曜日
日焼けの跡よりもっと深く。
太陽の透明と空と海の青に心も裸になった。
海を見るのがもっと好きになった。
海に潜るのがすごく好きになった。
目の前の景色の移ろいでゆく一瞬の空気や色彩や光や匂いのぜんぶが
あまりにも美しくて優しくて、
それをどうしても見逃したくなくて写真におさめ損ねた瞬間が沢山ある。
でも大丈夫、日焼けの跡よりもっと深いところまで肌の奥まで焼き付いてるもんね。
2017年9月22日金曜日
赤唐辛子うまく干せるか日記。2
干し始めて1週間ちょっと経ちました。
まだ湿度の高い日もあるから、外に干したりおうちの中に干したりしてるけど、
それでも少〜しずつ乾燥も深まってシワも増えてきている感じ。よしよし。
ぴちぴちもいいけど皺が増えてくると見た目も味わいが深まるねえ。
思ったよりも時間がかかりそうだけど、のんびり楽しませてもらってます。
にしても色がいいな〜。
2017年9月13日水曜日
赤唐辛子うまく干せるか日記。1
きれいな赤唐辛子が届いたので干してみようと思う。
といわけで赤唐辛子うまく干せるか日記が突然はじまりました。
ひとまず道具箱の中にあったひもで編んでみた。
明日は晴れるみたいだから 明日の日中から天日干しするようにしよう。
これから空気も乾燥し始めるし、ちょうどいいかも。
ってこれでうまく出来るのかなあ。
ところでトウガラシってね、ナス科なんですって。
2017年8月25日金曜日
九谷青窯小林巧征さんのプレート。

アオが青というより碧でもなく蒼で、心にぐっとくる。
表面のツヤ感も、このフラットさも、全部がいいの。
そして赤い食べものがよく似合うところも好き。
ほぼ毎日お世話になっているけど、
毎回出す時、洗う時、このプレートを触るだけでなんか嬉しくなる。
よくわからないけどなんか嬉しくなるんだよなあ。
こういう感覚がすき。
とてもいいお皿。
九谷青窯の小林巧征さん素敵なお皿を有難うございます。
っていいたくなっちゃうくらい好きなお皿。
2017年7月18日火曜日
信楽焼のラッフルプレート。

信楽焼のラッフルプレート。
粉引きの表情がやさしくて手に取った。
リムの部分の色と線が好き。
そしてやっぱり完璧じゃない円の形が好き。
そしてやっぱり完璧じゃない円の形が好き。

おかずも引き立ててくれて、
全然主張しないのに持ち前の存在感が自然と光るのがいい感じ。
それにしても夏のお野菜はカラフルなのが多くて楽しくなります。
リコピン、クロロフィル、アントシアニン、
この色素そのものが栄養なんだもんね。
色鮮やかな栄養たっぷり摂って夏の養生しよう。
2017年7月4日火曜日
2017年6月20日火曜日
大好きな読書館。
大好きな読書館。
水の音や柔らかい光、音を立てずに流れ続ける空気、
たまに聞こえるお店の人の丁寧な作業の音、そして静寂。
静寂を守ることがこの場所の昔からのルールで、
「話す」という日常の行為にこの時だけはそ〜っと蓋をして過ごす。
静寂から静寂が生まれ、静寂が静寂を守り続けているような、
そんな 命ある静けさ のある場所。
ここには素敵なノートが置いてあって、私はそれを読むのが好き。
誰でも何でも書いて良くて、人が書いたのを読んでも良い。
淡々と日々感じることを書いていたり、
今日あった嬉しかった事だったり、
今抱えている悩みだったり、
或いは誰かの悩みに答えていたり、
将来の夢を書いていたり、
次にノートを開くはずの人に語りかけていたり、
ただ詩を書いていたりする。
名前も顔もわからない、
でも過去のいつかに同じこの席に座ったであろう人たちが、
そんなことを書き綴ったノート。
日常生活では人の心の中や人生を覗くことなんて出来ないけど、
このノートには色んな人の人生の欠片や想いやかけひきのない丸裸の思考が
ありのまま綴られていて、
読んでいると、みんなそれぞれにそれぞれの胸の中で
ひりひりしながら、噛み砕き消化しながら、、恐れながら、喜びながら、
とにかく生きているんだなあと肌で感じる。
読んでいるとなんだか生きることそのものを客観的に見ることが出来て、
自分自身とも少し距離をおいて向き合えたりする。
この感覚、ヨガとも瞑想とも似てるんだなー。
2017年4月13日木曜日
春を飲む。
毎年桜が咲くのを楽しみにして楽しみにして、
やっと咲いたと思ったらほんの一瞬の内に散ってゆく泡沫のさくら色を、
こうしてじ〜くり眺めていられるのがとても贅沢な気分。
春になると1回は買ってしまう桜の塩漬け。
塩抜きをしてお湯を注いで、桜の花びらがその中でふわっとゆるんで、
桜茶って、なんか幸せ。
それにしてもさくらのピンク色は本当にかわいいなあ。
2017年4月9日日曜日
菜の花はなぜ菜の花か。
今年は菜の花をいつもよりも沢山食べている。
ほんのり苦くて、これは目覚めの味だな。
冬の間眠っていた体の中を目覚めさせるような、
新しい季節始まるよーって教えてくれるような、そんな味。
先日、お昼に買ってきて夕方料理に使おうと思っていたら、
その日は暖かかったからかほんの数時間で蕾が膨らんでいた。
お花の部分も食べられるけれど、
もっと咲いた所が見たくなってそのままベースに挿した。
ところで、
菜の花はなぜ菜の花か。
あなたはどうしてロミオなのみたいなことではなく、
名前の由来としての、菜の花はなぜ菜の花か。
「菜」の字は食べられる事を表していて、
「食べられる花」という意味から『菜の花』と言うのですって。
本屋さんで春の花図鑑を見て、今年初めて知った。
2017年4月4日火曜日
日常という特別。
ウォーホルの“flowers”に似てる気がして何となく撮った。
ウォーホル“flowers”を手掛けるに当たりモチーフにしたのはなんと
雑誌に掲載されていた一般の人物の投稿写真だったと言う。
黒澤映画のオムニバス『夢』の中で
ゴッホを題材にした作品を観たときも思ったけど、
どれ程の名画や有名な写真にも、
その背景には何の変哲もない日常が広がっていたりするんだなと思う。
むしろほとんどがそうなのかもね。
私たちだってきっとそうなんだろう。
何の変哲もなさそうな日常にも沢山の特別が詰まっていると言うこと。
例えば‘日常’をランダムに輪切りにしたって、
探せば実はどこにでも素敵がたっぷり含まれているのかも知れない。
ただ、それを見い出すか見い出さないかが、
大きな違いを生むのであって、
何も特別な事はない、
ものの捉え方一つ。
よく見るような種が、見たこともない花を咲かす。
だけど、実はそれって沢山の可能性の一部であり、
起こって当然の出来事でもある。
日常という特別、特別という日常。
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